陳の世紀末日誌

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(ネタバレ有)映画「聲の形」に思うこと

話題の映画、聲の形見てきました。思ったことをいくつか。結構長いです。ネタバレ注意。

また 山田監督の語録も併せて貼っていきます。作る側と見てる側のイメージの違いが分かって参考になるかと思います。

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・予告編詐欺


映画『聲の形』 本予告

この予告編見たら石田が昔いじめてた西宮さんに歩み寄って打ち解けて、事件が起こるけどそれを乗り越えて最後にはラブラブになる、泣ける恋愛モノアニメかな?って思いますよね。かよわい女の子って助けてあげたくなるのが男心理ですし。

普通のアニメなら石田も最後西宮さんとくっつかせると思いますが今作ではそういうベタな展開ではありませんでした。(石田がそういう想いをにおわせる発言はありましたが)。恋愛映画を期待して見に行った人はちょっとがっかりしたのではないでしょうかw

 

 

・では、この映画のテーマは?

いじめの問題とか、障害への理解ってのもありますがそこではないと思います。結局、イジメっ子だった自分が返り討ちにあってずっと他人に心を閉ざしてたけど、西宮さんとの出会いをきっかけにいろんな人と出会う。辛い経験もしたけど、最後には他人の「心の声」に耳を傾けようとするようになった。一番のキーは石田という一人の高校生の成長の物語なんですよね。すごく単純なテーマです。

山田氏「『聲の形』という作品について語られる時、聴覚障害を持った子へのいじめなどのシリアスな部分を取り上げられる事が多い印象もありました。でも、私はあまりそういう作品だとは思わなかったというか、そこはこの作品の本質では無いと思ったんです。(中略)他にも衝撃的なシーンはあるのですが、そういうところも面白がって描くことはしたくなかったです。(目立ってしまう)悪い面ではなく、キャラクターたちの根っこの部分をきちんと、すくっていきたいなと思いました。」

 

この映画(というか原作)って、大人も含めキャラがちょっとアレじゃないですか。ウザい優等生ちゃんとか、高校生になって再会しても謙虚な西宮さんにこれでもかとボロクソ言う植野とか、石田にも自分の娘にもかなり鬼な西宮母とか・・・・原作も半分ぐらい読んだんですがかなり胸糞悪かったですね(笑)映画はカットされてる分まだましなほうです、マジで。僕的にはキャラで好感度高いのブロッコリー頭君とゆずるぐらいでしたね。

山田氏「大今先生からは、結絃と(将也のクラスメートの)永束(友宏)は、物語の中で繋ぐものの役割を担っているというお話をうかがっていました。なので、結絃は、まさにそのまま、将也や硝子たちをつなぐ存在というつもりで描きました。将也や硝子の代弁をしてくれるだけでなく、私たち観ている側の代弁もしてくれる。妹という近い立場だからこそ、ズバッと切り込んでもいけるし、途方もなく優しくすることもできるんですよね。あと、大今先生からは、この作品はあくまでも将也の物語であって、硝子の物語にはしたくないというか、硝子の一人称は使ってないとも聞いていたんですね。だから、技術的な面でも、結絃がいてくれてすごく助かったんです。結絃がいることで、(将也と一緒にいない時の)硝子にカメラが振れるんですよ。」

 

でもそれはアニメとかにありがちな「最初は性格悪かったけど話が進むうちに人格者に成長した」みたいなご都合主義()を排除して、不完全さも含めたありのままの人間を描いているってことなんですよね。

人の性格なんてそう簡単には変わらないという前提の下に、ダメなとこがあってもそこも含めて受け入れようというある種の開き直りを感じます。こういう点も現実味があっていいと思いました。

 

例えば、植野って高校生になっても西宮さんにきつく当たるヒールキャラですけど、「(小学校時代、)西宮さんは空気読もうとしなかった」「すぐ謝れば許されると思ってる」あたりの本音をぶつける発言はすごくいいと思いました。現実でも、障害ある人に対してはあまりキツいこと言えないみたいな空気ありますけど、だからこそ時には厳しい言葉であっても本音を言ってあげられる人が周りにいるというのはすごく大事なことじゃないでしょうかね。

山田氏「そう、植野はかっこいいなと思いました。あと、硝子のことを特別な目ではまったく見ていなくて。対等な存在として、本気で硝子に向かっていくんです。すごく魅力があるし、尊敬に値する人だなと思っています。」

 

最近のアニメって「頭からっぽにして見られるアニメ」なんてのはいい得て妙で、萌え豚媚びとかお決まりのテンプレ展開とか蔓延してますがこういう「程よくシリアス・毒があって現実志向なアニメ」というのも悪くないよなあと思います。

──この作品を観ていて、自分の過去の言動を振り返り、忘れていたことを思い出したり、すごく反省したりしたのですが。山田監督は、作っていく中で、そういった感情はありましたか?
山田氏「すごくたくさんありました。子供の時のミスとか、人としてアウトだろうと思うようなことがたくさんありました(笑)。開けたくない扉を開けてしまった感じでしたね。でも、こういう気持ちになるのは自分だけじゃなかったんだなという安心感があったし、みんな開けたくはないけれど、開けてしまったら、ちゃんと昇華したいんじゃないかなとも思いました。」

 

.・「聲の形」は泣ける映画か?

僕が見た映画館では公開初週というのもあってかレイトショーにも関わらず満席で、上映後みんな鼻をすすりながら帰ってたのですが僕は正直違和感ありました。

あのラストシーンによって、上述のインタビューにもあるように二人にスポットを当てたわけではなくあくまで「石田の物語」であることがはっきりした。それで物語を振り返ってみると一人の高校生が自分の内面の殻を破っていく泥臭い青春物語だったんだな、と思うほうが正しいのかなという結論に行き着きました。西宮さんもキーパーソンではあったけれど脇役だったんだなと。タイトルの本当の意味を理解したとき、ああいい意味で裏切られたなあ、深い映画だと思いましたね。

なんで、泣ける映画というよりは勇気付けられる、後半どろどろしていたけど見た後に少しだけ救いのようなものを感じて心が温まる、そういう映画なんじゃないかなと思ってます。

※これは僕個人の解釈ですしこういう見方を強要したいわけではありません。

 

予告編で想像してたようにベタな恋愛映画のほうがすっきりした終わり方でよかったのではないか?と思う方もいるでしょう。

でも石田は自身もいじめられて過去の贖罪のため西宮さんに会いに来たわけで、他人に過去を暴露されて吐きそうになってしまうぐらいには今でも過去を悔いている。それでも付き合ってしまうというのはやっぱりなんか違うなと。そういうところも現実志向であると思います。

 

 

 

・自殺未遂のあたりのシーン

ここのせいでかなり後味悪くなってるなと思います。

西宮さんが石田に負い目を負うことになるも二人はより心の距離を縮める、重要なシーンなんですけどもう少しソフトな表現が良かったかなあ・・・(マンションから飛び降りたら即死だよね?たまたま下が川で助かった?でも後遺障害はなし?西宮さんは植野にボコられる?うーん・・・)

 

・話をはしょりすぎている

原作は半分ほど読んでましたがこれはちょっとなあ・・・と思ってしまいましたね。監督のインタビュー読んでも削る作業はかなりキツかったそうです。

西宮母は原作だともっと石田にキツい当たり方でしたがあっさり家上がって、家族公認のカップルかってぐらいあっさり家族ぐるみで花火行って、ってのは違和感ありますね。

他には二人が植野と久々に再会した際「同情からくる友達ごっこ」と茶化されたことを知った西宮さんが「友達ごっこと言わせないためにも、もっとあなたのことが知りたいです。」という旨のメールを送るシーンはカットしないで欲しかったなあ・・・

そんな感じでところどころ見てて??ってなるシーンが多かったように思います。原作の密度が濃かったので省くシーンも悩んだとは思いますが、前後編の2部作で丁寧に作るなりいっそある程度バッサリ切る代わりに重要なシーンだけ力を入れるなりうまくやって欲しかったですね。

 

・ED

aikoの「恋をしたのは」。個人的にはいい曲だと思いました。

アニメ映画のED曲って声優さんが歌うことが多いですけどこういうところもアニメオタク以外にも見てもらうための「大衆受け」としてはいいと思います。「君の名は。」も大ヒットしてるそうですが間違いなく「脱・深夜アニメのテンプレ」に成功しより多くの層に見てもらえたからだと個人的には思っています。

 

 

いろいろ考えさせられる映画でしたが、ここまで見終わった後も余韻に浸れる映画は久々な気がします。ぜひいろんな人に見てもらいたいですね。(終)